保険診療の値段は国が決めていて、全国どの医院でも同じです。医院が値上げすることはできません。だからこそ、一人にかける時間や治療の中身の考え方は、医院によって違いが出ます。当院は、できるだけ削らず歯を残す方針を大切にしています。
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LINEで相談する保険診療の値段は国が決めています
保険の歯科治療には、国が決めた「点数」がすべての処置についています。むし歯を削って詰めれば何点、歯石を取れば何点、レントゲンを撮れば何点、という具合です。1点は10円で、患者が窓口で払う分(多くは3割)と、健康保険から医院に支払われる分(残りの7割)を合わせた金額が医院の収入になります。
この点数は全国どこの医院でも同じです。つまり保険診療では、医院が値段を上げることはできません。収入を増やす方法は、来院する人を増やすか、一人あたりの処置を増やすか、この二つしかありません。
歯科医師の給料の決まり方
勤務している歯科医師の給料には、大きく二つの型があります。
ひとつは固定給です。会社員と同じように月給があらかじめ決まっていて、その月に何人診たか、どんな処置をしたかで変わりません。
もうひとつは歩合制です。その先生が担当した治療の点数を月ごとに集計し、その一定の割合が給料になります。たとえば1か月に10万点(100万円分)の治療をした先生に対して、歩合率が25%なら25万円、という計算です。
実際には、この二つの中間の形をとる医院が多くあります。「基本給は35万円で、月の売上が100万円を超えた分の3割を上乗せする」といった契約です。この場合、売上150万円の月は 35万+(50万×0.3)=50万円になります。売上が基準に届かない月は基本給だけです。
歩合制にも理由があります
歩合制は、それ自体が悪い仕組みではありません。
たくさんの患者を診る先生と、あまり診ない先生が同じ給料では、前者が報われません。医院の収入が減ったときに人件費も連動して減るので、経営が安定しやすいという面もあります。開業を目指す若い歯科医師にとっては、自分の腕がどれだけの収入を生むかを知る機会にもなります。よく働く人ほど報われるという考え方は、営業職や運送業など、他の多くの職業でも広く使われているものです。
医療が他の仕事と違うところ
ただ、医療には他の職業と決定的に違う点があります。何をどれだけするかを決めるのが、サービスを売る側である医師自身だということです。
洋服を売る店員は、客が買うかどうかを決められません。客は自分で商品を見て、値段を見て、要るか要らないかを判断します。けれど歯科治療では、「この歯は削るべきか」「今日で終わりにするか、もう一度来てもらうか」を判断するのは歯科医師です。患者はレントゲンを見ても自分では読めず、削られた歯が本当に削る必要があったのかを、あとから確かめることもできません。
つまり、売る側が「どれだけ売るか」を決め、買う側はそれを確かめられない。この構造は、他の多くの仕事にはないものです。医療が「信頼」で成り立っていると言われるのは、この構造のためです。
仕組みが人の心に及ぼすもの
治療の量が給料に直結する状況では、その判断の場面に、常に別の声が重なります。「もう一本削れば点数が上がる」「今日でなくてもよいが、来てもらえば加算になる」「時間のかかる説明より、次の人を診たほうが数字になる」「様子を見てもよいが、かぶせ物にすれば点数が高い」。
これらは、明らかに不要な治療をする、という話ではありません。どちらでもよい場面、どちらも医学的に間違いではない場面での話です。そういう場面は、歯科治療には非常に多くあります。削るか様子を見るか、今日終えるか次回に回すか、その境目はいつもはっきりしているわけではありません。
歩合制は、この境目にいるとき、点数の高いほうへ静かに背中を押します。一回一回は小さな選択で、本人にも患者にも、押されたという自覚はありません。けれどそれが毎日、何年も続けば、「どちらでもよい」の範囲そのものが、少しずつ点数の高いほうへ広がっていきます。以前なら様子を見ていた歯を、いつのまにか削るようになっている。本人は自分が変わったことに気づきません。まわりも気づきません。
これは人柄の問題というより、人の心が思っているほど強くない、という問題です。目の前に利益や評価があるとき、いちばん大切なものを少しずつ手放してしまう性質は、多くの人の中にあります。仕組みは、その性質を眠らせておくこともできるし、毎日起こし続けることもできます。
子どもの治療が置かれる位置
この問題は、子どもの治療でとくに見えやすくなります。
子どもの治療は、時間がかかるわりに点数が低いものが多く、量で評価される仕組みの中では「割に合わない」側に置かれがちです。泣いている子を落ち着かせる時間、器具を見せて慣れてもらう時間、保護者への説明、今日は何もせず椅子に座る練習だけで帰る日。こうした時間には点数がついていません。
けれど、こうした時間があるかどうかで、その子が歯医者を怖がるようになるか、大人になっても通い続けられるかが決まることがあります。数字に表れない価値は、数字で評価される仕組みの中では真っ先に削られます。これは歯科に限らず、量で測る仕組みが必ず抱える問題です。
二つの弱さは同じではありません
固定給にも、「診ても診なくても同じ」という面はあります。手を抜いても給料は変わらないのだから、固定給にも弱さはある、と言うこともできます。
けれど、この二つは性質が違います。
固定給の弱さは、仕組みが何もしないことで生まれます。仕組みは人を悪い方へ押していません。ただ、良い方へも押していないだけです。そこで手を抜くかどうかは、その人の職業人としての姿勢に委ねられています。つまりこれは、本人の倫理の問題です。
歩合制の弱さは、仕組みが人を押すことで生まれます。患者に必要以上の処置をするほど報われる方向に、本人の姿勢とは別のところで、常に力が働いている。倫理で抵抗することはできますが、抵抗し続けなければならない状況を、仕組みが作っています。
医院がどんな仕組みで人を評価しているかは、外からは見えません。けれどその仕組みは、その医院が何を大切にし、何を守ろうとしているかを、静かに映しています。
おわりに
どの仕組みにも、それを選んだ理由があります。歩合制は働きに報いるための仕組みであり、固定給は判断を数字から切り離すための仕組みです。そのどちらを選ぶかは、何を守りたいかの選択です。
、多くの人の心は仕組みに影響されやすいため、誠実さを個人の意志だけに頼るのではなく、誠実でいやすい環境を用意することもまた、医療に関わる者の責任のひとつだと考えられます。
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